大手広告代理店新入女性社員の過労自殺事案
    2016年9月30日労災認定
 建設コンサルティング会社社員の労災認定事案
    2016年7月26日労災認定
 海外勤務者の労災認定事案
    2016年7月12日労災認定
 工務店営業社員事案
    2016年1月労災認定
 業務管理職社員事案
    2015年12月労災認定
 運行管理者・ドライバー事案
    2015年12月労災認定
 医師事案
    2015年10月労災認定
 製造業管理職事案
    2015年3月労災認定
 運行管理者事案
    2014年9月労災認定
 メンテナンスエンジニアの過労自殺事案
    2014年7月30日労災認定
 電気設備営業社員の過労自殺事案
    2014年6月19日労災認定
 東日本大震災被災地町役場税務課長の公務災害認定事案
    2014年3月20日公務上災害認定
 中学校教員の公務災害認定事案
    2012年12月27日公務上災害認定
 旅行代理店営業社員の過労自殺事案
    2012年10月12日労災認定
 研修医の労災認定事案
    2012年12月20日労災認定
 大手運送会社営業社員の労災認定事案
    2012年9月13日労災認定
 大手メーカー海外部門社員の労災認定事案
    2012年8月30日労災認定
 ネットワークエンジニアの過労自殺事案
    2012年7月12日労災認定
 外務省警備員の労災認定事案
    2012年3月21日労災認定
 WEB開発システムエンジニアの過労自殺事案
    2012年1月13日労災認定
 理学療法士の労災認定事案
    2011年10月4日労災認定
 編集職の過労自殺事案
    2011年9月26日労災認定
 システムエンジニアの過労自殺事案
    2011年2月3日労災認定
 公認会計士試験合格者の労災認定事案
    2010年12月27日労災認定
 陸上自衛官の公務上災害認定事案
    2010年12月22日公務上災害認定
 入社2年目の現場監督社員の過労自殺事案
    2010年9月24日労災認定
 助産師の労災認定(パワハラ)事案
    2010年10月4日労災認定
 新任教員の公務災害認定事案
    2010年2月10日公務上災害認定
 看護師の労災認定(過労死)事案
    2008年10月9日労災認定
 キャノン研究職員の過労自殺事案
    2008年6月6日労災認定
 大手電機メーカー社員の過労自殺事案
    2008年3月14日労災認定
 外科医師の過労自殺事案
    2008年3月6日労災認定
 大手電機会社社員の過労自殺事案
    2007年10月12日労災認定
大手広告代理店新入女性社員の過労自殺事案 2016年9月30日労災認定
被災者 高橋まつりさん (女性 当時24歳)
申請人 高橋まつりさんの母
申請人代理人 弁護士 川人 博、 弁護士 蟹江鬼太郎
事案の概要 1 入社
被災者は平成27年3月に大学を卒業後、同年4月1日に本件会社に入社した。

2 配属
同年4月1日からは入社後研修
同年6月1日からダイレクトマーケティング・ビジネス局(「DMB局」)、デジタル・アカウント部(インターネット広告等を担当する部署)に配属
同年10月1日本採用

3 主な業務
(1)自動車火災保険のデジタル業務
同年6月1日以降、被災者は、自動車火災保険のインターネット広告の担当となった。
新入社員である被災者にとって、常に先輩等の上位者への提出・確認・フィードバックを得る必要があり、時間的に極めてタイトな業務であった。
(2) FX証券のデジタル業務
10月1日からは、本採用となり、上記自動車火災保険のデジタル業務に加えて、証券会社のデジタル広告案件の担当も命じられた。発病後は、この業務はなくなる。

4 被災者の長時間労働
本件会社では、日々の労働時間は自己申告であり、36協定の限度時間(70時間)内の過少申告がなされていた。  
代理人弁護士が、「入退館記録」をもとに集計した時間外労働時間数は下記のとおり。

発病日を平成27年11月7日とした場合
発病前  1か月  130時間56分
発病前  2か月  52時間45分

5 上司によるパワハラ
上司は、被災者に対して、以下の叱責等を行っていた。
「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」
「会議中に眠そうな顔をするのは管理ができていない」
「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」、
「今の業務量で辛いのはキャパがなさ過ぎる」
「女子力がない」
・・・・・・・
新入社員である被災者は、自動車火災保険の案件、FX証券のデジタル広告案件のほかにも、業界研究資料の作成、局会、部会の幹事等を命じられ、また、上司らからパワハラを受け、精神的にも追い詰められていった。

6 精神疾患の発病・自死
被災者は、業務上の過労・ストレスによって、平成27年11月7日ころにはうつ病を発病しており、自死に至った。
労災認定のポイント労働基準監督署は、平成27年11月上旬ころから、朝が遅くなり、疲れた様子であったこと、「死にたい」などのメッセージを送るようになったことなどから、この頃にうつ病エピソードを発病したと認定した。
時間外労働時間数は、発症前1か月約105時間、発症前2か月約40時間と認定し、仕事量が著しく増加して時間外労働も大幅に増える(倍以上に増加し、1月あたりおおむね100時間以上となる)などの状況により、その後の業務に多大な労力を費やしたとして、業務起因性を認めた。
労災認定の意義 1 本件は、過労死防止法が成立した後に、大手企業において発生した過労死であり、職場の深刻な実態が続いていることを示したものである。
2 とくに、女性が活躍する職場づくりが社会的課題となっている中で、大卒後まもない若い女性社員が死亡したことは、極めて重要な事態である。
3 加えて、本件会社は、2000年3月24日最高裁判決によって同様の若い社員の過労死について企業責任が問われた企業であり、その責任は重大である。
4 さらに、本件会社の本件被災者担当部門では、先日、企業不正が発覚したばかりであり、過労死と不正問題は、同じ根をもつ病理であるとも言え、抜本的な企業体質の改善が必要である。
5 過労死白書が閣議決定されたが、過労死防止にむけて、国、企業が全力で取り組むよう、訴える。
建設コンサルティング会社社員の労災認定事案 2016年7月26日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時42歳)
申請人 Aさんの遺族
申請人代理人 弁護士 川人 博、 弁護士 原島有史
事案の概要 建設コンサルティング会社において課長代理として社内業務・設計業務を行っていた被災者は、長時間労働及び度重なる長距離出張をはじめとする過重業務、業務上のストレス等を原因として、平成27年7月24日に解離性脳動脈瘤によるくも膜下出血により業務中に倒れ、5日後の同月29日、意識が回復することなく死亡に至った。
平成27年12月24日、被災者の遺族は渋谷労働基準監督署へ労災申請を行い、平成28年7月26日付けで労災と認定された。
労災認定のポイント被災者の発症前6か月間の平均時間外労働時間が80時間以上であることから、労災と認定された。
労災認定の意義 過労死防止法が成立・施行された以降においても、月100時間を超える時間外労働を強いられ、過重労働の結果、死亡に至っている事案である。また、被災者は、法律上の「管理監督者」には該当しないが、会社は被災者を管理者として取り扱っており、時間外労働にかかる割増賃金も支払われていなかった。過労死事案では、しばしば、このような違法行為が行われ、長時間労働の温床になっている。これらの点において、企業の責任および監督行政の責任は極めて重大である。
さらに、本件の背景には、公共工事において、発注側が受注側の労働実態を考慮せず、無理な納期設定を行っている実態があり、国や自治体が過労死防止大綱に違反していると言わざるをえない。
監督行政当局、公共工事発注当局は、過労死防止のために、同様の事態が発生しないよう、早急に是正措置を講じるべきであるという意味において本件が労災と認定された意義は大きい。
海外勤務者の労災認定事案 2016年7月12日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時45歳)
申請人 Aさんの妻
申請人代理人 弁護士 川人 博、 弁護士 加藤佑子、 弁護士 岩田 整
事案の概要 被災者は,平成18年頃から中国上海市で運送業務に従事していたが,平成22年7月,急性心筋梗塞を発症し,死亡した。時間外労働は発症前1か月約100時間であった。会社は、被災者について,国内の事業所に所属する「海外出張者」であると判断し,上海勤務の全期間,労災保険料を納付し続けていた。
被災者の妻が,中央労働基準監督署長に対し,労働者災害補償保険の遺族補償給付及び葬祭料を請求したところ,同労基署長は,被災者の死亡については出張業務中に被った災害とは認められず、「海外派遣者」として特別加入の承認を受けていなかったので労災保険法第36条に基づく補償対象にも当たらないとして,不支給決定処分とした。
その後、被災者の妻が原告となり、中央労働基準監督署長の行った遺族補償給付等の不支給決定処分の取り消しを求めて東京地方裁判所へ提訴したが、同裁判所は原告の請求を棄却した。これに対して被災者の妻は、東京高等裁判所に控訴したところ、同裁判所は被災者の妻の請求を認め、中央労働基準監督署長の不支給決定処分を取り消す判決を下した。国は、上告せず判決は確定した。
東京高等裁判所の確定を受け、中央労働基準監督署で業務上か否かの調査判断が行われ、平成28年7月12日付けで労災と認定された。
労災認定のポイント被災者は、発症前1か月間に100時間を超える時間外労働に従事し、過重業務を強いられていたことから、労災と認定された。
労災認定の意義 本件は、最近のアジア・中国、とりわけ上海における日本人の過労死事案の象徴的な事案であり、多発する被害の氷山の一角である。
本件のように、海外勤務者は日本本社の指示に基づき、様々な業務を現地で行っており、労働時間が長く、また、滞在国内の出張や日本への出張等も多い。顧客や取引先との折衝、現地特有の行政との困難な折衝、大気汚染、政治的紛糾など、過労・ストレスが蓄積する状況が続き、健康を損なう人が後を絶たない。他方、海外勤務者が急増しているにもかかわらず、働く人々に対する健康配慮は、極めて不十分である。
過労死防止法の趣旨に基づき、国内だけでなく海外勤務者の過労死予防の活動がいっそう重要になっており、企業・行政・その他関係機関に対し、早急な取り組みを訴えるという意味において本件が労災と認定された意義は大きい。
工務店営業社員事案 2016年1月 労災認定
事案の概要 被災者は、長期間にわたる長時間労働に加えて、顧客の都合により休日出勤したり、労働時間以外であっても業務に関する連絡が連絡があったりと、精神的緊張から解放されにくい状況が常態化しており、2013年12月、くも膜下出血を発症し死亡した。
遺族が労災申請し、2015年10月、労災と認定された。
業務管理職社員事案 2015年12月 労災認定
事案の概要 被災者は、繁忙期の常態化した長時間労働に加え、製作ミスや加工の遅れが重なり、業務が連日深夜に及んだり休日出勤を余儀なくされていた。これらの過重業務、業務上のストレスが原因となり精神障害を発病し、自死した。
遺族が労災申請し、2015年12月、労災と認定された。
運行管理者・ドライバー事案 2015年12月 労災認定
事案の概要 被災者は、管理される側から管理する側への配置転換を命じられ、恒常的長時間労働を強いられた。また、事業主と乗務員間の板挟みとなり、多大な苦悩と労力・時間を費やさざるをえず、これらを原因として精神障害を発症し、自死した。
遺族が労災申請し、2015年12月、労災と認定された。
医師事案 2015年10月 労災認定
事案の概要 被災者は、長時間労働をはじめとする過重業務、担当患者の家族からの強い叱責、上司からのパワハラによる業務上のストレス等により精神障害を発症し、自死した。
遺族が労災申請し、2015年10月、労災と認定された。
製造業管理職事案 2015年3月 労災認定
事案の概要 被災者は、会社の経営方針の変更等による業務量の増加、取引先からのクレーム、達成困難なノルマ等の業務上のストレス等を原因として精神障害を発症し、自死した。
遺族が労災申請し、2015年3月、労災と認定された。
運行管理者事案 2014年9月 労災認定
事案の概要 配車表作成のためのシステムが変更されたことによる業務量の急激な増加で、被災者は、4か月連続して時間外労働が100時間を超えるような長時間労働を余儀なくされ、休憩や休日を確保することも困難となり、精神障害を発症して自死した。
遺族が労災申請し、2014年9月、労災と認定された。
電気設備営業社員の過労自殺事案 2014年6月19日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時25歳)
申請人 Aさんの両親
申請人代理人 弁護士 川人 博, 弁護士 平本紋子
事案の概要 被災者は、平成23年4月に電気設備会社に入社してから営業職に従事していた。
平成25年3月は所属地域の販売実績が過去最高となったため、被災者はほとんど休日も取得できずに勤務していた。
さらに、平成25年5月下旬から7月まで上司がうつ病で長期休職したため、人員不足により、被災者の業務量が増加した。
平成25年9月下旬、被災者の担当する取引先が発注したエアコン取付工事において、設置ミスが連続して発生した。これらの設置ミスは、いずれも被災者の過失によるものではなかったが、被災者は取引先から強いクレームを受けた。
その頃から被災者には、うつ病の症状が見られるようになり、平成25年9月28日にクレームを受けた後、そのまま事務所に残って朝まで仕事を続け、翌29日午前7時過ぎに事務所8階から飛び降り、25歳という若さで亡くなった。
平成25年12月18日、大阪中央労働基準監督署に遺族が労災申請し、平成26年6月19日付で労災と認定された。
労災認定のポイント被災者は、亡くなる直前にうつ病エピソードを発病していた。
被災者自身には過失のないクレームを受けていたことから、業務上の出来事と、それ以前の長時間労働を総合的に評価して、心理的負荷の強度を「強」と判断し、労災と認定した。
労災認定の意義 会社は、被災者の上司がうつ病で長期休職となり、人員不足によって被災者の業務量が増加していたにもかかわらず、人員を補充することはなく、被災者を恒常的な長時間労働に従事させた。また、取引先からの強いクレーム対応に際し、若い被災者に対する十分なサポートをしていなかった。
被災者は月100時間を優に超える恒常的な長時間労働や休日出勤が続く中で、取引先から強いクレームを受け、会社の十分なサポートも得られず、業務上のストレスによってうつ病エピソードを発病し、自殺に至った。
会社は、36協定の上限時間を2倍から3倍以上も上回る恒常的な長時間労働を被災者に行わせていたものであり、その責任は重いと言わざるを得ない。
今後二度と同じことが繰り返されぬよう、会社に対しては、労務管理とメンタルヘルス教育の抜本的改善を求めるという意味において、本件が労災と認定された意義は大きい。
メンテナンスエンジニアの過労自殺事案 2014年7月30日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時20代)
申請人 Aさんの両親
申請人代理人 弁護士 川人 博, 弁護士 篠原靖征, 弁護士 畠山幸恵
事案の概要 被災者はメンテナンスエンジニアとして、昇降機の点検・修理・清掃、防犯カメラなどの点検、メンテナンス業務に従事していた。
被災者の入社のきっかけとなった「求人票」には、完全週休2日制で残業時間は月平均20日くらいで20時間位と記載されていた。被災者は、親の薦めもあって夜勤や長時間労働がなく健康的に働ける会社と思って入社を決めた。しかし、実際に入社してみると残業時間は遙かに多く、休日待機勤務や夜間待機勤務のほか、緊急呼出を受けることもあった。
被災者は、不規則で夜遅くまで仕事を続けているうちに、疲労が蓄積している様子であった。
2013年1月から人手不足という理由で、施設部の応援業務にまわされた。2013年3月は、週1日しか休みがなく、時間外労働は1か月間で120時間に達し、肉体労働の負担や寒さが被災者の消耗度を一層高めていった。
4月から通常業務に復帰したが、健康診断では「集中力の低下」「身体がだるい」「イライラする」等と述べて、疲れ切った様子で、不規則で夜勤のある通常業務への復帰を嫌がっていた。
心身の疲労が限界に達した被災者は、2013年4月25日、自宅内で自死した。
2013年11月、遺族が厚着労働基準監督署に労災申請し、2014年7月30日付で労災と認定された。
労災認定のポイント労基署は、通常業務に復帰する時期頃に精神疾患を発病したと推定している。
被災者の労働実態について、施設部の応援業務は被災者の仕事量を著しく増加させ、時間外労働も大幅に増えたと判断し、業務上決定を行ったものである。
労災認定の意義 過労死・過労自殺予防にとって、長時間労働の抑止こそが最重要の対策と言われて久しいが、現在でもこのような有名企業において、過酷な長時間労働によって若年労働者の健康や生命を脅かす事態が続いている。今回の労災決定は、長時間労働の危険性について改めて警鐘をならすという意味において、大きな意義がある。
電気設備営業社員の過労自殺事案 2014年6月19日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時25歳)
申請人 Aさんの両親
申請人代理人 弁護士 川人 博, 弁護士 平本紋子
事案の概要 被災者は、平成23年4月に電気設備会社に入社してから営業職に従事していた。
平成25年3月は所属地域の販売実績が過去最高となったため、被災者はほとんど休日も取得できずに勤務していた。
さらに、平成25年5月下旬から7月まで上司がうつ病で長期休職したため、人員不足により、被災者の業務量が増加した。
平成25年9月下旬、被災者の担当する取引先が発注したエアコン取付工事において、設置ミスが連続して発生した。これらの設置ミスは、いずれも被災者の過失によるものではなかったが、被災者は取引先から強いクレームを受けた。
その頃から被災者には、うつ病の症状が見られるようになり、平成25年9月28日にクレームを受けた後、そのまま事務所に残って朝まで仕事を続け、翌29日午前7時過ぎに事務所8階から飛び降り、25歳という若さで亡くなった。
平成25年12月18日、大阪中央労働基準監督署に遺族が労災申請し、平成26年6月19日付で労災と認定された。
労災認定のポイント被災者は、亡くなる直前にうつ病エピソードを発病していた。
被災者自身には過失のないクレームを受けていたことから、業務上の出来事と、それ以前の長時間労働を総合的に評価して、心理的負荷の強度を「強」と判断し、労災と認定した。
労災認定の意義 会社は、被災者の上司がうつ病で長期休職となり、人員不足によって被災者の業務量が増加していたにもかかわらず、人員を補充することはなく、被災者を恒常的な長時間労働に従事させた。また、取引先からの強いクレーム対応に際し、若い被災者に対する十分なサポートをしていなかった。
被災者は月100時間を優に超える恒常的な長時間労働や休日出勤が続く中で、取引先から強いクレームを受け、会社の十分なサポートも得られず、業務上のストレスによってうつ病エピソードを発病し、自殺に至った。
会社は、36協定の上限時間を2倍から3倍以上も上回る恒常的な長時間労働を被災者に行わせていたものであり、その責任は重いと言わざるを得ない。
今後二度と同じことが繰り返されぬよう、会社に対しては、労務管理とメンタルヘルス教育の抜本的改善を求めるという意味において、本件が労災と認定された意義は大きい。
東日本大震災被災地町役場税務課長の公務災害認定事案 2014年3月20日公務上災害認定
被災者 Aさん (男性 当時60歳)
申請人 Aさんの妻
申請人代理人 弁護士 川人 博, 弁護士 土井浩之, 弁護士 三浦直子
事案の概要 東日本大震災発生後、被災公務員は、被害対策本部の財務部の副部長として、連日未明までの会議に参加していた。当時、町役場は、避難者が詰めかけ、庁舎の廊下も避難者が寝泊まりしていた。受付職員は公務員でないため出勤せず、被災公務員が受付に最も近い課の課長であるため、訪問者に対する対応をしていた。他の職員は、避難所周りや交通整理などで、役場には人がいない状態だった。寝るときも、避難者が大勢いる庁舎で、横になるスペースもなく、椅子に座ってうたた寝をする程度だった。早朝から、住民のためのおにぎり作りなどをしていた。備蓄していた食料は、住民に提供し、期限切れのクラッカーなどの非常食を日に1・2回口にする程度だった。
こうしたなか、平成23年3月17日の夕方、被災公務員は吐血し救急車で病院に搬送され、翌18日の朝、胃静脈瘤破裂による出血性ショックで死亡した。
被災公務員には基礎疾患があったが、随時管理をしており、普段は通常どおり公務をこなしていた。
11日の震災発生から17日夕方の発症まで、仮眠時間29時間、勤務時間111時間だった。
平成23年4月22日 公務災害申請
平成24年10月29日付 支部長の公務外認定
平成24年12月13日 審査請求申立
平成26年3月20日付 支部の決定を覆し、公務上災害と認定
公務上災害認定のポイントまさに不眠不休ともいえる過酷な勤務状況であった。胃静脈瘤が業務上の精神的・身体的な過重負荷によりその自然の経過を超えて増悪して破裂したと判断されるので、相当因果関係が認められると認定した。
公務上災害認定の意義 健康状態をなげうち、公務員の覚悟を持って取り組んだ姿勢が真正面から認められた。持病があっても公務上災害が認められる先例になるという意味でも、本件が公務上災害と認定された意義は大きい。
中学校教員の公務災害認定事案 2012年12月27日 公務上災害認定
被災者 工藤義男さん (男性 当時40歳)
申請人 工藤義男さんの妻
申請人代理人 弁護士 山下敏雅, 弁護士 川人 博、 弁護士 平本紋子
事案の概要 中学校教員であった被災者は、平成18年度まで配属されていた中学校で、生徒指導専任と学年主任の兼務、他の教員退職に伴う生徒指導の兼務、生命を失う危険もあるほどの重大な学校事故への対応などに従事していた。平成19年4月に赴任した中学校で、赴任直後の生徒指導専任担当とそれに伴う諸業務や長時間の自宅労働等、恒常的な長時間深夜労働に従事することとなり、公務上のストレスを原因としてくも膜下出血を発症し、平成19年6月25日に死亡した。
亡くなる前に、くも膜下出血の前駆症状があったにもかかわらず、公務を休むことができない状況であった。
被災者の死亡直後から多数の関係者が過重負荷を認めていたにもかかわらず、地公災支部は公務外決定を行った。
地公災支部審査会への審査請求で、平成24年12月、公務上災害と認める裁決がなされた。
公務上災害認定のポイント生徒指導専任は,独自の制度で,要綱上も重要な位置づけとなっており,学年主任と兼務しないと明記されていたにもかかわらずK中学では兼務となっていた。さらに,生徒や地域を知っていなければ活動できないので,赴任した初年度に制度指導専任を担当することは稀とされていたにもかかわらず,A中学で初年度から担当した。A中学は特に生徒指導が難しい地域であった。
労働時間算定の起算点について,支部長は倒れた日を基準としたため,修学旅行から帰ってきてから倒れるまで勤務していなかった日の分の時間外労働時間数がゼロとなっていたが、支部審査会は、「症状が顕在化」した日である6月14日が発症日であるとした。結果,発症前1週間が11時間15分,発症前1ヶ月86時間55分,同2ヶ月78時間45分と認定された。
公務上災害認定の意義 現在,各地の教員の過労死事案で不当な公務外決定が相次いでいる。熱心な教師ほど過労で倒れる現状があるにもかかわらず,地公災が過労死を正当に,かつ,早期に認定しないことは,教師の命と健康をないがしろにする教育現場を黙認・放置することにつながり,ひいては,そこで育つ子どもたちへの教育環境を悪化させることにつながると言わざるを得ない。地公災には,教員の過労死事件について,きちんと正当に,かつ,早期に認定するよう改善を強く求めたい。
 そして,本件のような痛ましい事件が二度と繰り返されないよう,教育行政に携わる多くの方々が,本件公務上決定を受け止め,教育現場の改善のために努力されることを心より期待する。
旅行代理店営業社員の過労自殺事案 2012年10月12日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時40歳)
申請人 Aさんの妻
申請人代理人 弁護士 川人 博,弁護士 平本紋子,弁護士 加藤佑子
事案の概要 1 被災者は,平成6年4月,旅行代理店に入社し,一貫して主に団体旅行の営業業務を担当していた。
2 長年にわたり同じ業務に従事していた被災者は会社にとって重要な顧客を多く担当し,もともと多忙であったが,平成22年10月,急に退職することとなった部下の業務の約半分を引き継ぐこととなり,業務量が急激に増加した。
3 さらに,平成23年2月,被災者は課長に昇進し,従前の担当業務に加えて課員のマネジメント業務等を新たに担当することになった。
4 課長昇進直後の平成23年2月22日,ニュージーランド大地震が発生した。被災者の担当する旅行には,クライストチャーチを行き先に含む同月25日出発のものがあった。そのため,緊急に日程や行先など旅行の企画を一から組み立て直さざるを得なくなった。この件について社内でサポート体制がとられることはなかった。
5 被災者は,課長業務やニュージーランド大地震発生後の緊急業務に追われ,強い肉体的・精神的ストレスを受けて精神障害を発症し,平成23年3月11日に自死した。
6 平成24年3月26日,遺族が新宿労働基準監督署に労災申請を行った。
4 平成24年10月12日付で労災と認定された。
労災認定のポイント被災者の発症前1か月間の時間外労働時間が251時間にも達していた。極度の長時間労働によって,精神障害を発症したものと判断し,労災と認定した。
労災認定の意義 会社は,業務量を調整しないまま被災者を課長に昇進させて新しい責務を担わせ,重大な緊急事態発生後も被災者一人に対応させて何らのサポートも行わなかった。同社が主要事業としている旅行業は顧客の命を預かる仕事であり,旅行業者次第で顧客の命をも危険に晒すことがある。会社には,本件における責任の重大性を自覚し,従業員の命や健康が損なわれることのないよう労働環境を抜本的に改善することを求める。
研修医の労災認定事案 2012年12月20日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時28歳)
申請人 Aさんの母及び姉
申請人代理人 弁護士 川人 博,弁護士 土井浩之,弁護士 平本紋子
事案の概要 1 被災者は,平成22年4月に弘前市立病院に就職し,研修医として勤務していたが,同年11月28日,28歳という若さで急性循環不全で死亡した。
2 被災者は,長時間の時間外労働に従事し,土日も出勤していることが多く,特に亡くなる前は21日間の連続勤務に従事した。
3 平成23年7月22日,遺族が弘前労働基準監督署に労災申請を行った。
4 平成24年12月20日付で労災と認定された。
労災認定のポイント弘前労働基準監督署は,長期間の過重労働が認められること,宿直の回数が多く疲労の蓄積があったことから,労災と認定した。
労災認定の意義 本事案の背景には,東北地方における根強い医師不足の問題がある。平成23年3月11日に発生した東日本大震災を受け,東北地方の医師不足は,一層重大な問題となっている。
2004年の研修医制度の改革によって,大都市への研修医の集中が進み,地方における研修医が少なくなっていることも,本件の背景にある。
また,優秀な留学生が日本で勉強し,医師免許を取得したにもかかわらず,過労により28歳という若さで命を落としたということは,国際的視点においても重大な問題である。日本が多くの優秀な留学生を受け入れ,日本国内で医師として安心して働いてもらうためには,医療状況の早急な改善が不可欠である。
本件は,平成23年7月22日に労災申請を行ったが,結論が出たのは,申請から1年5か月余りが経過した平成24年12月20日であり,相当の長期間が経過している。脳・心臓疾患事案については,厚生労働省が全国の労働基準監督署に対し,6か月以内の処理を目指すよう指示しているが,その他の事案と比較しても,本件は非常に時間がかかっているといえる。遺族の早期救済のために,全国の労働基準監督署には迅速な調査を求める。
弘前市立病院は,被災者をはじめとする研修医について,タイムカード等による客観的な労働時間管理を怠っていた。研修医が労働者であることは,過去の裁判例で認められているところであり,労働者の労働時間を客観的に把握することは使用者の義務である。患者の命を守る病院において,まずは病院で働く者自身の命を守る対策を適切にとることは,安全で十分な医療を提供する上においても,重大な課題である。今後,医師の尊い命が失われることのないよう,弘前市立病院ならびに厚生労働省に対しては,労務管理の抜本的な改善を求める。
大手運送会社営業社員の労災認定事案 2012年9月13日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時47歳)
申請人 Aさんの妻
申請人代理人 弁護士 川人 博,弁護士 平本紋子,弁護士 加藤佑子
事案の概要 1 Aさんは,昭和57年4月に大手運送会社に入社し,主に営業業務を担当していた。平成16年4月から約7年間,関連会社へ出向していたが,平成23年4月に主管店の営業企画課長に就任し,単身赴任で出向元へ戻った。営業企画課長の業務は,営業方針の立案・推進,収支管理やマ−ケティングのような大きな仕事から,主管店が管轄する支店や営業所の日々の取引内容確認などの細かい仕事に至るまで,多岐にわたるものだった。
2 荷物の集配現場である支店や営業所などには休日がなく,長時間稼働している。それらの営業業務を管理する立場にあったAさんは,その稼働実態にあわせて業務にあたる必要があり,労働時間は長時間化した。社外にいても会社から貸与された携帯電話で業務連絡を取ることも多かった。また,約7年間の出向期間中に会社の業務上のシステムが新しく変わっていたことから,業務を滞りなく進めるため,早急に新しいシステムを習得しなければならなかった。その他にも,業務状況を確認するために管轄している支店や営業所を巡回することや,会議・研修に参加するため遠方へ出張することが頻繁にあった。
3 Aさんは異動直後の新しい業務で,肉体的・精神的ストレスを受けた。
4 Aさんは,平成23年8月7日,単身赴任先から帰省していた自宅で,くも膜下出血を発症し,同日死亡した。
5 平成23年8月31日,船橋労働基準監督署に遺族が労災申請。
6 平成24年9月13日付で労災と認定された。
労災認定のポイント船橋労働基準監督署は,長時間労働による過重性を認め,労災と認定した。
労災認定の意義 Aさんは,出退勤の時刻をタイムカ−ドに打刻していた。しかし,Aさんの会社が作成している勤務時間表は,タイムカ−ドの記録を無視したものとなっていた。このような勤務時間表によって,労働者の労働時間を適正に管理・把握することは不可能である。
労働基準法が労働時間について厳格な規制をしていることに照らせば,事業者に労働者の労働時間を適切に管理する義務があることは明白である。過重労働等の問題が解消されるためにも,事業者が同義務を果たすことは必須であり,労務管理の抜本的な改善を求めるという意味において,本件が労災認定された意義は大きい。
大手メーカー海外部門社員の労災認定事案 2012年8月30日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時42歳)
申請人 Aさんの妻
申請人代理人 弁護士 川人 博,弁護士 平本紋子
事案の概要 1 Aさんは,平成4年4月に大手メーカー入社後,海外部門に配属され,海外赴任などを経て,平成20年頃からプロジェクト課長として勤務していた。
2 業務の性格上,必然的に海外地域との電話会議も多く,深夜0時頃から始まる会議もあった。常に会社貸与のノートパソコンを持ち歩き,帰宅してからも自宅で毎日のように持ち帰り残業をしていた。
3 平成23年3月11日に東日本大震災が発生したことから,Aさんは通常業務に加えて,災害対策本部の仕事も任されるようになった。平成23年3月15日頃には,会社から携帯電話が貸与され,パソコンに届くメールを1時間ごとに転送されるよう設定して緊急メールなどへの対応を行っていた。メールは夜中の3時台や4時台にも転送されてきた。
また,外国人上司2名が国外へ脱出してしまったことから,上司の仕事も任されるようになった。
さらに,Aさんは節電対策を企画するプロジェクトの中心にもなったため,節電に理解を示さない上司からの叱責等による精神的ストレスを感じていた。
4 Aさんの会社では,平成23年5月21日に大きな組織改編が予定されており,Aさんの部署が廃部となることも予定されていた。会社の方針で,廃部となる部署の社員は,異動先を自分で探す必要があったため,Aさんは自分だけでなく部下の異動先確保のために動き,精神的ストレスを抱えていた。また,平成23年3月頃は,期末業務やその他様々な業務が重なり,震災対応業務とも相俟って,Aさんは特に多忙であった。加えて,Aさんの部下が平成23年4月頃に病気で休職したことから,Aさんにかかる負担はさらに大きくなった。
5 このような過重労働に従事した結果,Aさんは平成23年4月29日に急性心機能不全で死亡した。発症前2か月間の時間外労働時間は、少なくとも月80時間から100時間を超えていた。
6 平成23年10月27日,三田労働基準監督署に遺族が労災申請。
7 平成24年8月30日付で労災と認定された。
労災認定のポイント三田労働基準監督署は,発症前2か月間の時間外労働時間が長時間にわたること,拘束時間の長い勤務であったこと,自宅労働が多かったこと,などの過重性を評価して労災と認定した。
労災認定の意義 Aさんの会社は,Aさんの労働時間について,タイムカード等による適切な管理を怠っていた。また,Aさんに対し,会社以外の場所から会社のシステムにアクセスできるカードを渡すことにより,日常的な自宅労働を命じていたものであり,Aさんの業務量を軽減する適切な措置をとっていなかったといえる。特に東日本大震災発生以降は,外国人上司2名が国外に逃亡し,Aさんが上司の分の仕事を任されたほか,日常業務に加えて災害対策業務や節電対策業務などの臨時業務を任されるなど,Aさんにかかる負担が大きくなっていた。
会社の36協定によれば,1か月当たりの時間外労働の上限は40時間である。しかし,日常的な自宅でのパソコン業務の実態や,労基署の認定に照らしても,会社がAさんに対して36協定に違反した労働をさせていたことは明らかであり,会社の責任は重い。今後二度と同じことが繰り返されぬよう,会社に対して労務管理の抜本的改善を求めるという意味において,本件が労災認定された意義は大きい。
ネットワークエンジニアの過労自殺事案 2012年7月12日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時29歳)
申請人 Aさんの母
申請人代理人 弁護士 川人 博,弁護士 平本紋子,弁護士 小林大晋
事案の概要 1 Aさんは,平成18年5月に,サーバやネットワークの運用・監視・保守などを請け負う会社に入社し,ネットワークエンジニアとして勤務していた。
2 Aさんは,平成22年11月頃から,会社の顧客が全国的に展開する事業所全てのパソコンを入れ替えるプロジェクトのリーダーを担当するようになり,主に現場の入れ替え作業のスケジュール調整と管理業務を行っていた。入れ替えるパソコンの台数は1200台を超えており,Aさんの労働時間は急激に増加し,平成23年2月は,休日が1日もなかった。
3 平成23年6月に発生した追加依頼の現場作業や臨時業務では,Aさんは6月7日から18日まで会社に泊まり込み,徹夜ないしわずか数時間の仮眠だけで,少なくとも12日間以上連続して勤務した。勤務場所には仮眠室もベッドもなく,入浴もできないので,防犯カメラの影に隠れてこっそりとボディウォッシュタオルで身体を拭くなどしていた。
4 Aさんは,特にこの頃から抑うつ状態,睡眠不足と疲労感,集中力と注意力の減退,自信の低下,罪責感などの症状がみられるようになり,平成23年6月21日,29歳という若さで自死に至った。
5 平成23年12月16日,遺族が大田労働基準監督署に労災申請。
6 平成24年7月12日付けで労災と認定された。
労災認定のポイント大田労働基準監督署は,仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があったことに加えて,2週間以上にわたって連続して勤務を行ったとして過重性を認め,労災と認定した。
労災認定の意義 ここ数年にわたり,若いシステムエンジニアの過労自殺事案が後を絶たない。現代社会においてシステムエンジニアの担う役割は大きく,その過酷な労務環境の改善が求められる。今後二度と同じことが繰り返されぬよう,会社に対して労務管理とメンタルヘルス教育の抜本的改善を求める。
これらの意味で,本件が労災認定された意義は大きい。
外務省警備員の労災認定事案 2012年3月21日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時58歳)
申請人 Aさんの妻(内縁)
申請人代理人 弁護士 川人 博,弁護士 平本紋子
事案の概要 1 Aさんは,平成20年6月に警備業務請負会社に入社し,外務省に派遣されていた。
2 Aさんは,原則として週6日間,外務省の警備業務に従事し,休日であっても救急救命や防災等の講習及び現任研修等を受講することがあった。警備業務に従事している間は,休憩がほとんどなく,連続して12時間から13時間以上も拘束されており,たとえ待機時間でポストを離れた場合であっても,何かあればすぐに出動できるようにしておかなければならなかった。警備業務中は高度の集中力が要求され,1日を通じて心身共に休まる時間はなかった。
3 Aさんが勤務する会社は退職する者が多く,人員が不足しており,外務省でも少ない人数で複数のポストを担当する必要が生じていた。そのため,一人にかかる負担が大きかった。
4 また,Aさんだけが現場責任者から外見に関する執拗な暴言を繰り返されるなどのハラスメントを受けており,精神的ストレスも大きかった。
5 Aさんは,平成23年3月4日に胸部大動脈瘤破裂を発症し,翌5日に死亡した。
6 平成23年9月13日,遺族が渋谷労働基準監督署に労災申請。
7 平成24年3月21日付けで労災と認定された。
労災認定のポイント渋谷労働基準監督署は,発症前2か月間の長時間労働による過重性を認め,労災と認定した。
労災認定の意義 本件における会社の責任は重いと言わざるを得ない。今後二度と同じことが繰り返されぬよう,会社に対して労務管理の抜本的改善を求める。
また,外務省においては,実際に警備を行う現場の隊員の労務環境が整備されてこそ,充実した警備が実現するのであるから,業務を委託する側が,委託先の会社の業務実態を正確に把握し,適切な指導を行うことが求められる。
これらの意味で,本件が労災認定された意義は大きい。
WEB開発システムエンジニアの過労自殺事案 2012年1月13日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時29歳)
申請人 Aさんの両親
申請人代理人 弁護士 川人 博,弁護士 平本紋子
事案の概要 1 Aさんは,平成21年10月にインターネットサービス事業を営む会社へ入社し,システムエンジニアとしてWEB開発業務などに従事していた。
2 平成22年9月ころ,納期が厳しいプロジェクトに実質的な開発リーダーとして配属された。このプロジェクトは,会社が運営するショッピングモールと某大手検索サイトが連携し,某大手検索サイトの検索結果に商品が表示されるシステムを作るものであった。
3 本件プロジェクトへ配属されてから,Aさんの労働時間は急激に増加し,平成22年10月以降は,疲労感,睡眠障害,食欲減退,自信の低下などの症状が見られた。
4 平成22年11月1日ころ,ショッピングモールの複数のオーナーから,某大手検索サイトの商品掲載部分に,掲載すべき商品が掲載されていないという趣旨のクレームが多数あり,Aさんは平成22年11月2日ころから5日ころにかけて,深夜遅くまでの長時間労働に従事し,修正にあたった。
5 平成22年11月8日,Aさんは29歳という若さで自殺した。
6 平成23年7月28日,渋谷労働基準監督署に遺族が労災申請。
7 平成24年1月13日付で労災と認定された。
労災認定のポイント1 認定理由
Aさんは,平成22年9月ころに新しいプロジェクトを担当し,開発リーダーとなった。これは,従来の判断指針のもとで,「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」の項目に該当する。
この出来事の心理的負荷の強度は「U」であるが,初めての開発リーダーであったこと,納期が厳しかったこと,自社開発でないため納期が簡単に変えられなかったこと,他社のシステムとの結合により想定外の事態が多かったこと,これに伴う長時間労働もあったことから,心理的負荷の強度を「V」へ修正した。この出来事の結果,Aさんは平成22年10月ころに気分感情障害を発症した。Aさんの上記業務は相当程度過重と判断できることから,労災と認定した。なお,労働基準監督署は,会社の入退出記録のみで過重な長時間労働があったと認定している。
2 新認定基準に基づく判断のポイント
「心理的負荷による精神障害の認定基準の運用について」と題する通達によれば,従来の判断指針で「強」と判断されていたものは,新認定基準に基づく評価においても「強」と判断されることになっていることから,本件も「強」と判断し,労災と認定した。
労災認定の意義 近年はIT化の進行に伴い,システムエンジニアをはじめとする技術者が担う役割が大きくなっている。厳しい納期の設定やクレーム処理などによって技術職の労働時間は「超」長時間化しており,業務による心理的負荷も増大している。その結果,心身の健康を害して休職ひいては自殺に至る労働者が後を絶たず,復職後も過重な労働に従事させられたことによって自殺に至る例もある。
システムエンジニアの労働条件を改善するうえで,本件が労災認定された意義は大きい。
理学療法士の労災認定事案 2011年10月4日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時23歳)
申請人 Aさんの両親
申請人代理人 弁護士 川人 博,弁護士 平本紋子
事案の概要 1 被災者は,平成22年4月1日に,理学療法士として医療法人社団明芳会に入社した。入社後,被災者は同法人が経営する新戸塚病院へ配属された。亡くなるまでの間,同病院のリハビリテーション科に所属し,障害を有する患者の治療計画作成及び治療・リハビリテーション等に従事していた。
2 被災者は,入社以降,次第に受け持ちの患者数が増えていったことに加え,平成22年11月6日の第1回リハビリテーション科学術大会に向けた研究発表の準備作業を義務付けられたことから,特に平成22年9月以降に著しい長時間労働に従事した。
3 被災者は,亡くなる前2か月間は,通常勤務から帰宅後に,自宅で深夜2時ころまで発表資料作成業務を行うなどしていた。
4 被災者は,平成22年10月29日に,23歳という若さで,急性心機能不全で死亡した。入社から約7か月後のことであった。
5 平成23年5月10日,横浜西労働基準監督署に遺族が労災申請。
6 平成23年10月4日付けで,横浜西労働基準監督署より労災認定。
労災認定のポイント1 認定理由
発症前2か月間の長時間労働及び自宅での持ち帰り残業による過重性を認め,労災と認定した。
2 労働時間について
原則として,始業時刻はタイムカードの打刻どおりとした。終業時刻は,同僚の証言に基づき,タイムカード打刻以降も少なくとも午後9時までは勤務していたものと推定した。
3 自宅での持ち帰り残業について
平成22年11月に開催が予定されていた第1回リハビリテーション科学術大会に向けた研究発表の準備業務,及びカルテ等の資料作成業務等を自宅で行っていたことが認められるので,過重性の負荷要因として考慮した。
労災認定の意義 わが国がさらなる高齢化社会を迎えるに当たり,理学療法士の担う社会的役割は重要である。患者に対してリハビリを行う理学療法士自身の過労は,患者への適切なリハビリの実施にも,支障を与えることになる。理学療法士という国家資格を取得した将来有望な若者たちに,今後二度と同じことが繰り返されぬよう,労務管理の改善を求めるという意味で,本件が労災認定された意義は大きい。
編集職の過労自殺事案 2011年9月26日労災認定
被災者 渡辺昭夫さん (男性 当時59歳)
申請人 渡辺小夜子さん(被災者の妻)
申請人代理人 弁護士 川人 博,弁護士 原 宏之
事案の概要 ・ 被災者が勤務していた株式会社こまつ座及び有限会社井上事務所は,作家故井上ひさし氏の作品を扱う会社であり,故井上ひさし氏の親族を取締役等に置く親族経営である。
・ 被災者は,こまつ座創立時から関わっており,両社に在籍し,主に,こまつ座ではその発行する出版物の企画を立て取材し発行する仕事,井上事務所では秘書的なもの,例えば,スケジュール調整や資料の整理等,様々な雑用を行っていた。
・ 平成21年12月,井上ひさし氏のがん罹患公表後,特に,平成22年4月井上ひさし氏の死後,殺到するマスコミへの対応等に追われ,長時間労働に従事した。
・ 被災者は身体の異常を訴えるようになり,平成22年5月に総合病院を受診したところ,内科では,検査しても異常が見つからず,精神科を受診するように勧められた(次回精神科を受診する予定となっていたが,その前に自死に至った)。
・ 平成22年6月1日夜,被災者が自死。
・ 平成23年2月18日,上野労働基準監督署に遺族が労災申請。
・ 同年9月26日付,上野労働基準監督署長が労災認定。
労災認定のポイント・ 被災者は,平成22年5月頃に精神疾患(気分障害)に罹患していたと認定。
・ 井上ひさし氏の死後の対応業務について,社会的に著名な方であり,マスコミが殺到したこと等から,特に心理的負荷が強かったと認定。
・ 恒常的な長時間労働を認定。
・ 時間外労働は,直前6か月間のうち3か月は月100時間超,直前2か月間の平均でも月100時間超を認定。なお,こまつ座及び井上事務所の両方の労働時間を合計。
・ このような状況から,労働災害と認定。
労災認定の意義  わが国の文化芸術活動の業界で仕事をおこなっている人々は,長時間労働・深夜労働・不規則労働等の結果,睡眠不足等に陥り,健康を損なうことが少なくない。
 文化芸術活動の業界で仕事をしていた人が過労で死亡したケースで,労災と認定されたケースは稀である。業界の体質もあって,ふだん,被害があっても労災申請をしていないケースが多いものと推察される。
 今回の労災認定を,文化芸術活動の業界の経営者が真摯にうけとめ,働く者の勤務条件の改善のために努力することを強く訴える次第である。そういった意味で,本件が労災認定された意義は大きい。
システムエンジニアの過労自殺事案 2011年2月3日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時35歳)
申請人 Aさんの母
申請人代理人 弁護士 川人博,弁護士 平本紋子
事案の概要 1.Aさんは平成10年4月に沖電気工業株式会社に入社し,平成17年7月末頃,沖電気グループ内で分散しているネットワークインテグレーション機能を集結するために設立された新会社に出向となった。
2.Aさんは出向先で技術的な実績が評価され,平成20年6月,大規模な新規プロジェクトへ配置転換された。
3.新規プロジェクトを担当するようになってから,Aさんの労働時間は長時間化し,医師にうつ病と診断され休職するに至った。
4.その後,産業医の判断で復職したが,復職して間もないうちに,Aさんの1か月あたりの残業時間数は産業医が残業可能と判断した時間数より長時間化し,休日出勤も余儀なくされるような過重業務を強いられた。
5.平成21年8月3日,Aさんは自殺により亡くなった。
6.平成22年6月21日,Aさんの母が亀戸労働基準監督署へ労災申請。
7.平成23年2月3日付けで労災認定。
労災認定のポイント大きなプロジェクトへの配置転換,配置転換後に恒常的時間外労働が続いていたこと,その結果,うつ病を発症し,自殺に至るまでの間に寛解していなかったことから,労災と認定した。
労災認定の意義 休職を経て復職したAさんに対し,会社は十分な配慮をしていなかった。復職後もAさんのうつ病の治療は継続しており,産業医が会社に対し,1か月あたり20時間以内の残業にとどめることを指示していた。しかし,会社は同時間を超える残業を課し,結果としてAさんは自殺に至った。したがって会社の責任は大きいと言わざるを得ない。
会社に対し,今後二度と同じことが繰り返されぬよう,労務管理とメンタルヘルス教育の抜本的な改善を求めるという点で,本件が労災認定された意義は大きい。
公認会計士試験合格者の労災認定事案 2010年12月27日労災認定
被災者 Aさん (男性 当時35歳)
申請人 Aさんの妻
申請人代理人 弁護士 川人博,弁護士 平本紋子
事案の概要 1 平成21年11月11日,Aさんは資格専門学校に就職し,経理事務業務に従事していた。
2 Aさんは,前の会社での会計実務経験が評価されたこと及び入社後すぐに公認会計士試験に合格したこと等から,経理と会社全体の財務との連携という困難な業務を任され,長時間労働に従事した。
3 平成22年3月13日,Aさんは35歳という若さで,急性虚血性心疾患で死亡した。入社から,わずか4か月後のことであった。
4 平成22年8月2日,中央労働基準監督署に遺族が労災申請。
6 平成22年12月27日付けで,中央労働基準監督署より労災認定。
労災認定のポイント発症前2か月間の長時間労働による過重性を認め,労災と認定した。
労災認定の意義 本事案の特色は,入社してまもなく,労働時間が急激に長時間化したという点にある。
Aさんが勤務していた会社は,合格実績のみならず就職までを徹底的にサポートする旨,パンフレット等でうたっているが,実際には,Aさんは公認会計士試験合格後,経理の仕事をこれまで以上に任されるようになり,取得した資格を生かした転職活動が事実上困難な状況にあった。その一方で,Aさんの待遇は何ら変わることはなく,長時間労働のため,合格後に単位取得を義務づけられていた実務補習も欠席せざるをえなかった。
公認会計士試験合格までの受験者の並々ならぬ苦労や,合格後の実務補習制度や就職活動等を熟知しているはずの資格専門学校であるにもかかわらず,過重な労働を強いて,実務補習や就職活動に取り組めるよう配慮していなかったために,公認会計士の卵である若き合格者の過労死が起きてしまったと言わざるを得ない。
資格取得を目指し日々勉学に励む,未来ある若者たちを預かる教育機関に対し,今後二度と同じことが繰り返されぬよう,労務管理の改善を求めるという点で,本件が労災認定された意義は大きい。
陸上自衛官の公務上災害認定事案 2010年12月22日公務上災害認定
被災者 砂原正弘さん (男性 当時48歳)
申請人 砂原由香さん (被災者の妻)
申請人代理人 弁護士 川人博
事案の概要 陸上自衛隊松本駐屯地に勤務していた1等陸曹の砂原正弘さんは,板妻駐屯地(静岡)での教育入隊を命ぜられ,2005年10月下旬から教育訓練に参加していたところ,駆け足訓練後の体操中に倒れ,同年11月13日に心室細動で死亡した。
遺族である砂原由香さんは,訓練期間中に過度な精神的・肉体的負担があったとして東部方面総監へ公務災害を申請したが,「公務外の災害」と判断されたため,2008年2月29日,防衛大臣に公務災害の審査を申請した。
2010年12月22日,防衛大臣が東部方面総監の認定を覆し,公務上の災害と判定した。
公務上災害認定のポイント死亡前2か月間の平均時間外勤務を月約80時間と認定し,教育入隊による単身赴任での疲労などとあわせて,「日常業務と比較して特に過重な業務に従事した」とし,公務と死亡との因果関係を認めた。
公務上災害認定の意義 過酷な現場で勤務するにもかかわらず,自衛官の公務上災害が認められるケースは少ない。自衛官について時間外勤務を理由に公務災害と認められたことの意義は大きい。
入社2年目の現場監督社員の過労自殺事案 2010年9月24日労災認定
被災者 Aさん 男性(当時24歳)
申請人 Aさんの両親
申請人代理人 弁護士 川人博,弁護士 原 宏之,弁護士 和田 恵
処分庁 千葉労働基準監督署
事案の概要 ・平成19年4月,AさんはS社に入社し,2週間の研修後,千葉事業所に配転され,石油精製・石油化学等のプラントで現場監督業務に従事した。そして,人手不足や工期の遅れなどによる影響から,著しい長時間労働を余儀なくされた。
・平成20年11月11日午前10時頃,自宅で自殺を図り,24歳という若さで亡くなった。
・平成22年3月8日,千葉労働基準監督署に遺族が労災申請。
・同年9月24日付,労災認定。
労災認定のポイント 勤務報告中の記録から認められる極度の長時間労働と,大規模な現場への異動による業務内容の変化に過重性があると判断され,労災と認定された。
労災認定の意義 Aさんが勤務していたS社の36協定は,延長できる労働時間を月150時間とし,納期が切迫し間に合わないときは,1か月200時間までこれを延長することができるとしている。このような協定の存在が,Aさんの極度の長時間労働を放置する一因となったというべきであり,会社の責任は極めて大きいといわざるを得ない。また,このような36協定を受理した労働基準監督署の是正を求める意味でも,本件が労災認定されたことの意義は大きい。
助産師の労災認定(パワハラ)事案 2010年10月4日労災認定
被災者 Aさん 女性(当時29歳)
申請人 Aさんの両親
申請人代理人 弁護士 川人博、弁護士 原 宏之
処分庁 向島労働基準監督署
事案の概要 ・平成17年4月,都内の産院に入社し,病棟に配属された。お産数の多い病院であり,朝早くから夜遅くまで忙しい業務に従事していた。
・同年秋頃から,上司である師長は被災者をターゲットにパワハラ・いじめを行うようになった。以前からその師長は,自分が気に入らない人達に対してパワハラ・いじめを繰り返していたが,被災者に対する状況はひどく,これまでにないほどの言動にまで及んだ。
・11月頃になると,被災者は身体の異常を訴えるようになった。見た目にも痩せてきて,12月に受診した精神科クリニックでは,「不安抑うつ障害」「不眠症」等と診断された。
・同年12月26日深夜,自宅でアルコール及び何らかの薬物(睡眠薬)を飲用して自殺を図った。同僚が発見し,すぐに救急車を呼んだが意識が戻ることなく27日に死亡が確認された。
・平成22年3月10日,向島労働基準監督署に遺族が労災申請。
・同年10月4日付,労災認定。
労災認定のポイント パワハラ・いじめを行った師長の言動は,上司としての業務指導の域を超えており,被災者には相談できる人もなく,職場での孤立は死亡直前まで継続していた。業務以外に自殺するような要因はなかったとして,労災と認定された。
労災認定の意義 病院でのハラスメントを理由として自殺が労災認定された初めてのケース。医療機関の過重労働は既に問題視されており,労務管理の在り方そのものを見直す必要があることから,本件が労災認定されたことの意義は大きい。
女性新任教員自殺死公務上災害認定事案 2010年2月10日公務上災害認定
被災者 Aさん 女性(当時23歳)
申請人Aさんの両親
申請人代理人弁護士 川人博、弁護士 山下敏雅
処分庁地方公務員災害補償基金東京都支部審査会
事案の概要Aさんは,平成18年4月に新宿区立O小学校に新任教諭として赴任し,2年生の担任教諭として全力を尽くして教育実践にあたったが,過重労働,公務上のストレス,学校内のサポート不足が原因で,同年5月に精神障害に罹患し,自殺により死亡した。
Aさんの両親は公務災害申請を行ったが,地方公務員災害補償基金東京都支部長は公務外災害との不当な認定処分を行ったため,地方公務員災害補償基金東京都支部審査会へ審査請求を行い,平成22年2月10日付で公務上災害の裁決が下りた。
公務上災害認定のポイント肉体的疲労の重複・重積は認めなかったものの,精神的ストレスの重複・重積を認め,本件は公務に起因したもので,本件疾病と本件死亡との間には,相当因果関係があると認定した。
公務上災害認定の意義 この裁決は,平成20年9月5日の東京都支部長の公務外認定処分を取り消したものであり,本件申請が平成18年10月に行われて以来,約3年半を経て,ようやく公務上認定がなされたものである。本来であれば,速やかに公務上災害と認定されるべき事案がこれほどに長くかかったことは,たいへん問題であるが,他方で支部審査会が良識を発揮し,的確な結論に至ったことを高く評価するものである。
本件公務上判断は,新任教員の過労及びストレスによる死亡を労災と判断したものであり,同種の事案にも大きな影響を与え,それら事案も公務上認定につながるものと確信する。
なによりも,本件のようないたましい事件が二度と繰り返されないようにするため,教育行政に携わる人々,現場の教員の方々,また,保護者の方々が,本件の公務上決定を受け止め,養育現場の改善のために努力されることを心より期待する。
看護師の労災認定(過労死)事案 2008年10月9日労災認定
被災者 高橋愛依さん 女性(当時24歳)
申請人高橋愛依さんの両親
申請人代理人弁護士 川人博、弁護士 原 宏之,弁護士 小貫 陽介
労基署三田労働基準監督署
事案の概要・平成18年8月,被災者は都内の病院に入社し,手術室勤務となった。
・交代制勤務・当直勤務をこなし,また,看護師不足等の影響から長時間労働に従事した。
・平成19年5月28日,当直明けの朝に意識不明に陥っている被災者を同僚が発見し,救命措置がとられたが,意識は戻らず,同日午後5時14分,致死性不整脈(推定)により,24歳という若さで死亡した。
・平成20年3月13日,三田労働基準監督署に遺族が労災申請。
・平成20年10月9日付,三田労働基準監督署より労災認定。
労災認定のポイント(1)認定理由
月平均80時間に近い残業時間,及び,不規則勤務(交代制勤務や当直勤務)等による過重性を総合的に判断し,労災と認定した。
(2)労働時間について
タイムカードの記録のみにとらわれることなく,関係者からのヒアリング等,各種資料で確認できた部分を含めて,労働時間を認定した。
(3)業務内容について
・交替制勤務(日勤,遅番,早出等),当直勤務(約25時間に及ぶ拘束)
・緊急手術(患者の生死に関わるもの,突発的なもの等)
・休日が少なく,連日勤務
の質的な過重性を認めた。
労災認定の意義 このたびの業務上災害認定(労災認定)が出されたことは,つぎのような重大な意義をもつ。
1 今日の医療現場においては,医師と同様に,看護師の過重労働が極めて深刻な状況にある。多くの看護師が,人員不足の中で過剰な業務を担当しており,深夜交替制勤務・時間外労働・精神的ストレス・睡眠障害によって健康を害する事態が続いている。高橋さんの過労死は,そうした医療現場の被害の氷山の一角にすぎない。多くの看護師の犠牲が闇に葬られている現状の下で,本件の労災認定は,関係病院のみならず日本社会全体に大きな警告を発するものである。本件の苦痛な死を教訓として,当該病院はもとより関係各機関において,看護師の勤務条件の改善のために全力を尽くすことを求める。
2 現在の労災行政においては,時間外労働数が最も重視され,他の過重要素が軽視される傾向にあるため,看護師の業務のような深夜交替制勤務による心身の疲労が適正に評価されないことが多い。この結果,看護師が業務による過労・ストレスで倒れても,労災と認定されないケースが多いのが実情である。こうした中で,本件で三田労働基準監督署が,被災者の業務過重を適正に評価して労災と認定したことの意義は大きく,今後各地での看護師を含め不規則勤務労働者の過労死の認定と予防にとって重要な意義を有するものである。
3 本件使用者たる病院は,高橋さんが死亡する前月に倒れた後も適切な健康配慮を行わず,死亡した後も業務との因果関係を否定する姿勢をとってきた。かかる病院側の姿勢は,医療従事者の健康を守るという観点から見ても安全な医療現場をつくるという観点から見ても重大な問題がある。同病院は,これまでの労務管理のあり方を反省し,今後看護師を含む従業員の健康安全のために必要な措置をただちに講ずるべきである。
キャノン研究職員の過労自殺事案 2008年6月6日労災認定
被災者 Aさん 男性(当時37歳)
申請人Aさんの妻
申請人代理人弁護士 川人博、弁護士 原 宏之
労基署沼津労働基準監督署
事案の概要被災者は,大学卒業と同時にキャノンに入社後,研修や海外留学等を経て富士裾野リサーチパークに勤務していた。
平成18年11月30日,被災者は静岡県内の電車踏切内で投身自殺した。
平成19年3月16日,遺族が沼津労働基準監督署へ労災申請し,同20年6月6日,労災と認定された。
認定の意義明確な研究目標が設定されるとともに,その成果を強く求められる研究職の過重な労働実態について,業務の過重性が認定された意義は大きい。
特に,キャノンでは,午後10時以降の残業を制限する等の労働管理を行っていると思われるが,実態として被災者は帰宅後も研究業務に従事しなければならない状況にあったのであり,そのような意味でも労災認定された意義は大きい。
本件は,日本の財界最高幹部が経営するわが国を代表するメーカーで発生した痛ましい事件である。かかる事態を招いた使用者側の責任は重大であり,経営トップは職場の改善のため全力を尽くすべきである。また,本件被災者の死を真摯に受け止め,これまで自殺予防のための取り組みを全く行おうとしなかった財界の姿勢を痛苦に反省し,働く者の健康安全と自殺予防の取り組みに全力をあげるべきである。
大手電機メーカー社員の過労自殺事案 2008年3月14日労災認定
被災者 Aさん 男性(当時37歳)
申請人Aさんの妻
申請人代理人弁護士 川人博、弁護士 山下敏雅
労基署熊谷労働基準監督署
事案の概要本件は,1999年4月に大手電機メーカーに入社後,2000年10月に同社F工場に異動となった被災者が,業務量の増加や異常なまでの長時間深夜労働,多発するトラブルへの対処等の業務上のストレスを原因として精神障害を発症し,2001年12月6日(推定)ころ,自殺により亡くなった事案である。
労災認定の根拠請求人である被災者の妻は,被災者の勤務時間を克明に日記に記していた。
労基署も,被災者の妻の日記を重視した。タイムカードが成果主義制度のため存在しなかったり,タイムカードは存在していたが保存期間が経過したとの理由で,会社からは労基署に記録の提出がなかったが,労基署は,妻の日記をもとに,「通勤時間や休憩時間などを考慮しても,恒常的に1か月あたり100時間前後の長時間労働が続いていた」と認定した。
認定の意義被災者の職場では,同じ年に,精神疾患で休業を余儀なくされた社員と,他にも自殺により死亡した社員がいる。同じ年に同じ職場で2人の自殺者と精神疾患による休職者を発生させた会社に対し,労基署の決定を真摯に受け止め適切な補償を行うことを求めるとともに,今後同様の事態を発生させないよう,従業員の労働環境・メンタルヘルス対策の充実を強く求める点で今回の認定は重要な意義を持つ。

外科医師の過労自殺事案 2008年3月6日労災認定
被災者 Aさん 男性(当時38歳)
申請人Aさんの両親
申請人代理人弁護士 川人博、弁護士 須田洋平
労基署鹿沼労働基準監督署
事案の経過被災者は大学医学部卒業後, 同大学のレジデントとして勤務を開始し,以後,複数の病院に勤務しながら消化器系を専門とした外科医師としてキャリアを積んだ。
平成12年12月1日,被災者はS市立病院での勤務を開始し,同14年5月1日,N病院へ転勤した。この転勤は,被災者の意に沿うものではなく,大きなストレスの要因となった。転勤直後,被災者は内視鏡検査の際に医療事故を起こし,平成14年6月14日,自殺により亡くなった。
被災者は,N病院への転勤してから,同僚・上司らから十分な支援を受けることはなかった。また,S市立病院勤務の時から1か月当たり数回の当直勤務を行い,休日出勤もしていた。また,N病院へ転勤した後も,十分に昼休みが取れず,平日も午後9時頃まで勤務し,休日出勤や1か月当たり3〜4回の当直勤務を行っていた。そのため,被災者は恒常的に1か月当たり80時間を超える時間外労働を行っていた。  
労災認定の根拠@以下の各要因が業務上の負荷となったと認定した。
・被災者が平成14年5月1日にS市立病院からN病院へと転勤したこと
・被災者が,平成14年5月21日,医療事故を起こしたこと
・転勤前のS市立病院で恒常的に長時間労働をしていたこと
・N病院が被災者に対する十分な支援体制を講じなかったこと
A被災者は,上記の業務上の負荷により,うつ病を発症し,その結果自殺した。
B被災者について,業務外要因や個体的な要因は特になかった。
Cよって,被災者の死が業務上の災害であると認定した。
認定の意義@当直に伴う深夜労働,長時間労働,医療行為上の強度のストレスにより,医師が精神的,肉体的負担を強いられている実態を労働基準監督署が正当に評価して,労災を認定したことの意義は大きい。
A被災者の死亡から労災申請までには約5年もの時間がかかった。このような時間の経過により証拠の散逸のおそれが高かったにもかかわらず,遺族及び労働基準監督署が調査を行い,労災認定が認められたことの意義も大きい。
B激務が問題となっている外科医師の業務の過重性が認定された意義は大きい。医療関係者及び行政機関は,外科医師の勤務条件の改善に努めることが求められている。  
大手電機会社社員の過労自殺事案 2007年10月12日労災認定
被災者 Aさん 男性(当時33歳)
申請人Aさんの両親
申請人代理人弁護士 川人博、弁護士 山下敏雅、弁護士 須田洋平、弁護士 原宏之
労基署三田労働基準監督署
事案の経過@被災者は、九州地方の大学の大学院を卒業後、平成8年4月、大手電機会社に入社した。被災者は、主に一般産業用配電機器製品の技術営業業務を担当していた。
A平成15年10月1日、被災者は、関連会社に出向した。そして、被災者は、出向後、一般産業用配電機器製品の技術営業業務に加え、製品細部の設計業務に従事した。
B平成15年12月2日午後3時30分ころ、被災者は、会社を出たまま失踪した。
C平成17年4月28日、富士山麓の樹海にて被災者の遺体が発見された。被災者には、首つり自殺をした形跡があった。
D平成17年12月7日〜8日、証拠保全が東京と高松で行われた。
E平成19年1月22日、三田労働基準監督署に労災申請。
F平成19年9月14日、労災認定。
G平成19年10月10日、三田労働基準監督署が遺族らに説明。
労災認定の根拠 遺族側の計算では、出向前から、被災者の1か月当たりの時間外労働時間が80時間を超えており、出向後には長時間労働に拍車がかかっていた。すなわち、被災者は、出向後1か月目(被災直前2か月目)には約100時間、出向後2か月目(被災直前の1か月間)には約160時間もの時間外労働をしていた。その結果、深夜までの勤務や休日出勤も常態化していた。
 被災者は、出向後、一般産業用配電機器製品の技術営業業務に加え、製品細部の設計業務に従事したため、業務量が増大し、上記のような長時間労働につながった。
 被災者は、被災直前の2週間ほどの間に顧客との間にトラブルを抱え、トラブルに対応するために徹夜勤務を繰り返した。
 出向先の仕事の流儀が出向元の仕事の流儀と全く異なるにもかかわらず、被災者は、新しい仕事の流儀に慣れるための十分なサポートを出向先で受けることができなかった。
認定の意義 被災者の失踪から富士山麓の樹海における遺体発見まで1年以上あり、失踪から労災申請までには3年もの時間がかかった。このような時間の経過により証拠の散逸のおそれがあったにもかかわらず、遺族及び労働基準監督署が調査を行い、労災認定が認められたことの意義は大きい。