〓 実質派遣労働者の過労死・過労自殺事案、2交代勤務労働者の過労自殺事案として初の勝訴判決 〓
|
裁判所 | 東京地方裁判所 |
被災者 |
上段勇士 氏(平成11年3月5日ころ自殺により死亡、享年23歳)
|
原告
| 上段のり子 氏(被災者の母)
|
原告代理人
| 弁護士川人博、弁護士福岡真之介
|
被告
| 株式会社アテスト(派遣元。旧商号は株式会社ネクスター)、株式会社ニコン(派遣先)
|
訴訟提起
| 2000年7月18日(東京地方裁判所)
|
事案の概要
(原告訴状より抜粋)
| 第1 事案の概要
原告の次男である上段勇士(以下「勇士」という)は、平成9年10月27日に被告株式会社アテスト(旧ネクスター。なお、本準備書面においては勇士在籍当時の商号である「被告ネクスター」という)に就職し、被告ニコンの熊谷工場において、派遣社員として勤務し、ステッパーの検査業務に従事していたところ、過重な労働による過労のため、うつ病を発症し、平成11年3月5日ころ自殺した。
第2 勇士の業務及び雇用形態
1 勇士は、平成9年12月15日から平成11年2月25日まで、原則として、昼夜二交替勤務(昼勤8:30〜19:30 夜勤20:30〜7:30)という勤務形態にて、クリーンルーム内において、ステッパーの検査業務に従事していた。
2 勇士は、被告ネクスターと雇用契約を締結していたが、被告ニコンの熊谷製作所にて、被告ニコンのステッパーの検査に従事していた。被告ネクスターの監督者が現場に不在なことからも明らかなように勇士は被告ニコンの指揮命令に従っており、かつ被告ネクスターは作業の完成について責任を負っておらず、職業安定法施行規則第4条に定める要件を満たしていないことから、勇士の勤務は請負ではなく、その実質は派遣労働であった。
3 被告ネクスターは、その実質は労働者派遣であるにもかかわらず、労働者派遣事業(労働者派遣事業法第16条)の届出もせずに、請負という名を借りて、労働者派遣事業法を潜脱して、労働者供給事業を行っていた。このような労働者派遣事業法を潜脱して、労働者供給事業を行うことによって、(1)職業安定法第44条で禁止されている労働者供給事業を行うことにより、労働者に不利益を生じさせる、(2)労働者派遣事業法の保護すら受けることができなくなるという問題が生じる。
すなわち、職業安定法第44条は労働者供給事業を行うことを厳しく禁止しているが、その趣旨は、労働者供給事業により労働者が中間搾取されること、労働者の地位が不安定となること、労働者の就業条件が不明確となること、労働保護法規上の責任主体が不明確になることから、かかる事態を防止することにある。しかし、被告らによる労働者派遣事業法の潜脱によって、上記の労働者供給事業によって生じる労働者の不利益が、勇士に対しても生じることになった。
また、労働者派遣事業法を潜脱することにより、被告ニコンは同法の定める派遣先としての義務、具体的には、労働者派遣契約に定められた就業条件に反することのないように適切な措置を講じる義務(同法第39条)、派遣就業が適切に行われるために必要な措置を講じるように努める義務(同法第40条2項)、派遣労働者からの苦情について適切・迅速な処理をする義務(同法第40条1項)、「派遣先責任者」を選定する義務(同法第41条)を遵守することもないため、派遣労働者ですら与えられている保護(但し、低い保護であるが)すら、勇士には与えられなかった。
その結果、勇士は労働者として極めて不安定で、権利主張することが困難な地位に立たされることになった。
第3 業務の過重性
1 勇士の従事したステッパーの検査業務は、被告ニコンが検査員を募集するにあたり大学もしくは高等工業専門学校等で工学、電気・電子工学、情報処理技術等を専攻した者に限定していたことから明らかなように、高度で専門的であった。また、厳しい納期が課されており、納期に間に合わせるために短期間に無理をして作業を完成させなければならなかった。
2 夜勤・二交替制勤務は生体リズムに反することから、かかる勤務により、労働者の諸生理機能の乱れは日常的に反復され、睡眠の質・量が低下して睡眠不足になり、疲労蓄積が進み、慢性疲労状態を形成する。このような夜勤・二交替制勤務に労働者を従事させる場合には、少なくとも産業衛生学会の意見書で示されている基準((1)交代勤務による週労働時間は、通常週において40時間を限度とする。(2)時間外労働は、原則として禁止し、あらかじめ予測できない臨時的理由にもとづくものに限り、年間150時間程度以下とすべきである。(3)深夜業を含む労働時間は、1日につき8時間を限度とする。(4)深夜業を含む勤務では、勤務時間内の仮眠休養時間を、拘束8時間について少なくとも連続2時間以上確保することが望ましい。(5)深夜勤務は原則毎回1晩のみにとどめるようにし、やむをえない場合でも2〜3夜の連続にとどめるべきである。(6)各勤務時間の間隔は原則として16時間以上とし、12時間以下となることは厳に避けなければならない。(7)月間の深夜業を含む勤務回数は8回以下とすべきである。(8)年次有給休暇を除く年間休日数は、常日勤者なみに確保する等。)を遵守すべきである。しかし、被告らは、産業衛生学会の意見書で示されている基準を幾重にも違反した夜勤・二交替制勤務に勇士を従事させた。
3 クリーンルームは、空気の清浄度を保つため外界から隔絶された閉鎖環境であり、全身を密閉するクリーンウェア・マスク・手袋を着用しなければならず、休憩・食事・用便等の日常生活的生理的要求についても厳しい制限がある労働環境であり、閉鎖圧迫感、ウエアの不便さ、立ち作業の多さにより、疲労を蓄積しやすく、精神疾患を引き起こしやすいものである。
4 シフトの頻繁な変更による不規則勤務、海外出張を含む出張での長時間労働、外部労働者としての不安定な地位によるリストラへの不安、新型開発機のソフト検査のための15日間連続の長時間勤務及びその後の深夜勤務は、いずれも勇士に肉体的・精神的負荷を与えるものであった。
5 このように、勇士の従事した業務に関して、(1)ステッパーの検査業務は専門的かつ厳しい納期があった、(2)反生理的な二交替制勤務であるにもかかわらず、産業衛生学会の基準を幾重にも逸脱していた、(3)閉鎖的で特殊な環境であるクリーンルーム内の作業であった。このような過重な業務に従事することにより、勇士には疲労が蓄積して慢性疲労状態となった。
さらに、そのような慢性疲労状態の上に、(4)シフトの頻繁な変更(13回)により不規則な勤務であったこと、(5)長期間の出張があったこと、(6)大規模なリストラがなされ解雇への不安を抱いたこと、(7)15日間連続して長時間勤務に従事したこと等の事由により、一層疲労が蓄積することになった。
以上のとおり、勇士の業務は過重なものでった。
第4 うつ病の発症及び自殺
1 第3で述べた過重な業務に従事した結果、勇士は、平成10年11月の時点で「軽症うつ病エピソード」を発症した。
2 勇士は、平成11年1月、被告ネクスターの要請により急遽、劣悪な住環境のアパートに引越し、また15日間連続の長時間勤務に従事した。これにより、軽症うつ病に陥っていた勇士のうつ病エピソードは増悪し、平成11年2月中旬には「中等症うつ病エピソード」に陥った。
3 勇士は、過重な業務から解放される最後の逃げ道として被告ネクスターに退職を申し出たが、受け入れられず、最後の逃げ道も塞がれることになったためにうつ病が一層悪化し、平成11年3月5日(推定)に自殺した。
第5 因果関係
勇士の業務が上記のとおり過重なものであったことや、うつ病の発症経緯及び医学的知見(例えば、「精神疾患発症と長時間残業との因果関係に関する調査」は「交代勤務に従事した年数がうつ病発症の危険率を高めることは明らかとなった」としている)に照らせば、業務と勇士のうつ病発症及び自殺との間には相当因果関係が認められる。
第6 安全配慮義務
1 使用者が、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うことは確立した判例である(最判平成12年3月24日)。
2 被告らはかかる安全配慮義務を負っているにもかかわらず、勇士について主に以下のような重大な安全配慮義務違反がある。
(1) 夜勤・交替制勤務に就く労働者が勤務時間・夜勤回数等において業務が過重にならないように使用者は注意すべきであるのにもかかわらず、産業衛生学会の基準に違反した夜勤・交替勤務に従事させた。
(2) 夜勤・交替制勤務に就くことのある労働者には健康状態に十分配慮し、不規則勤務により身体の変調をきたすことがないように注意すべきであるのに、シフトを頻繁に変更して不規則勤務に従事させ、休息・休日を確保すべきであるにもかかわらず15日間連続の長時間勤務に従事させ、負荷が高い海外出張を含む長期の出張・高度なソフト検査・劣悪な環境への突然の引越しを命じた。
(3) 人体に有害で劣悪なクリーンルーム内での労働条件を改善すべきであるのにこれを怠った。
(4) 実質は派遣にもかかわらず請負形式という脱法行為を行い、派遣労働者に対しての最低限の派遣労働者事業法に定める義務すら履行せず、勇士の労働条件を不安定で劣悪なものとした。
(5) 労働安全衛生法に定める法定健康診断を実施して、労働者の健康状態を把握すべきであるのにこれを怠った。
(6) 勇士が無断欠勤・退職申出をした際には、メンタルヘルスの観点から異常を察知し、適切な対処をすべきであったにもかかわらず、2週間も何らの措置もとらなかった。
第7 結論
よって、被告らは、債務不履行責任及び不法行為に基づく損害賠償として、勇士の死亡によって生じた損害金1億4455万5294円を原告に対して連帯して賠償すべき責任がある。
|
本件訴訟の意義
| (1)実質派遣労働者の過労死・過労自殺事案としては、初めての判決である。
派遣労働者が年々増加して劣悪な労働条件・不安定な権利関係におかれているなかで、その実態を告発し、改善を迫るものである。
(2)2交代勤務労働者の過労自殺事案としては、初めての判決である。
従来より長時間労働事案での勝訴判決はあるが、深夜勤務の過重性を正面から問題にして業務と死亡との因果関係を認めたことは重要であり,深夜勤務者の健康をまもるために重要な判決である。
(3)近年クリーンルーム内でのうつ病・自殺者の増大が重要な問題となっている。
密閉された「機械や製品のための」空間は、心身の健康をそこなう危険があり、この労働環境での仕事のあり方の改善を実現するうえでも、意義ある判決である。
|
上段さんのHP
| 派遣社員過労自殺裁判 〜「派遣」へのメッセージ 〜
http://www10.ocn.ne.jp/~karoushi/
|
判例掲載誌
| 判例タイムズ1194号127頁,判例時報1912号40頁,労働判例894号21頁
|